大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)968号 判決 1966年7月14日
控訴人(申立人) 株式会社淀川製鋼所
被控訴人(被申立人) 久本弥右衛門
主文
本件控訴を棄却する。
当審における新たな申立を却下する。
当審における訴訟費用は全部控訴人の負担とする。
事実
控訴人訴訟代理人は「原判決を取り消す。被控訴人を申請人、控訴人を被申請人とする大阪地方裁判所昭和三一年(ヨ)第二七四号従業員地位保全仮処分申請事件につき同裁判所が昭和三二年一月二五日なした仮処分判決(以下単に仮処分判決という)は同年三月二七日以降これを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決又は当審において選択的に追加した申立につき「右仮処分判決は昭和三八年一〇月一九日以降これを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴事件につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を、当審における新たな申立につき、申立却下の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。(ただし原判決一枚目裏一三行目の「入社、」の次に「百島工場で」を加え、同六枚目裏一三行目に「物誤る」とあるを「物語る」と、同八枚目裏九行目から一〇行目に「依然とし」とあるを「依然として」と訂正する。)
(控訴人の主張)
第一、昭和三二年三月二六日付解雇(第二次解雇という)について、
一、懲戒解雇事由、
(1) 被控訴人は昭和三二年一月二九日午前一時三〇分頃酒気を帯びて保安係の諒解を得ることなく控訴会社(以下単に会社という)の百島工場(以下単に工場という)内に入らんとしたので、岡野保安係は、保安の責任上「夜の今頃入つてもらつては困るから帰つてもらいたい。」と云つてこれを制止したにもかかわらず、被控訴人はこれを無視して入場し、保安係の指示に従わなかつた。
元来工場内には重要な機械器具が備え付けられていて、その入出門は保安係によつて管理せられ、従業員と雖も保安係の許可なく入場することは厳重に禁止せられているのに、被控訴人は右のとおり保安係の制止に従わず入場し、以て工場内の秩序を乱したものである。
(2) 被控訴人は右入門後工場内の鋳造工場に赴き同工場の乾燥炉の傍で鋳造工三名と暖をとり私語していた。これを見付けた岡野保安係は再び被控訴人に退去を求めたが、被控訴人は黙殺冷嘲して退去せず、保安係の要求を拒否して工場内の秩序を乱した。
なお右同僚工員との会話中、被控訴人は、仮処分判決に基づく金員を同日(一月二九日)中には確実に受領しうることを知りながら故意にこれを秘し、「会社は金を払つてくれない。何か対策はないか」と話しかけ、殊更に紛争をかまえんとしている。
(3) 被控訴人は鋳造工場よりの帰途、運転中は通行禁止となつている工場内の台車の通路を、鋳造工員佐竹富男が台車をウインチで引張つて作業中であるにもかかわらず、通行し、あまつさえ、佐竹に対し、自分の通行中にかかわらず台車を引張つたと言いがかりをつけ、佐竹の足を殴り、二、三日痛む程度の傷害を与え、正当に業務中の佐竹を痛く立腹させて、同人の業務を妨害した。
(4) 被控訴人は右に引続き午前二時頃保安室に入つて来たので、山岡保安係が自重して早く帰るよう告げると、同保安係に侮蔑の罵声を浴びせ、保安係の権限を無視する態度に出たので、同保安係が被控訴人を室外に連れ出さんとしたところ、酒を飲んでいた被控訴人は、保安室の床に仰向けに寝転がり、怒声をあげて暴れた。ために仮眠中の保安係も起き出し、山岡中田両保安係が実力をもつて被控訴人を室外に運び出さんとし、被控訴人はこれを拒んで暴れ、硝子一枚をつき破るに至つたのみならず、室外のコンクリート床に仰臥してなおも暴れたので、遂に警察官の来訪を求めるのやむなきに至り、保安の業務を著しく妨害して工場の秩序を乱した。
(5) 来訪警察官の要望に基づき、山岡保安係は被控訴人と共に深夜西淀川警察署に赴いたが、被控訴人の非常識極まる行動のため、仮眠中の保安係は睡眠を妨げられ無用の行動を余儀なくされたのみでなく、同日午前四時頃右警察署よりの帰途山岡保安係に対し「君はメスの味を知つているか、今すぐはやらないが二年先には片野労務部長、横田鋳造部長、中田、西山保安係の腹に風穴をあけてやる」との不穏の言辞を弄して脅迫した。
(6) 被控訴人は同日午前六時頃再び保安室に来り、表窓口で日傭工に日給支払中の山岡保安係に対しうす穢い包帯をした指を示し、「この指をどうしてくれるのか」と言いがかりをつけ、更に右(4)の事実に言及して悪罵の限りを尽し、西山、中田両保安係にも喧嘩を売つて出たので、退社中の工員が保安室詰所の前に蝟集し、被控訴人は益々勝手なことを言いふらし、手がつけられない状態となつた。山岡保安係は来合わせた被控訴人所属組合(日本鉄鋼産業労働組合連合会淀川製鋼所労働組合―以下組合という)副組合長原八郎に依頼して被控訴人を退去せしめんとしたが、被控訴人は同人の説得をも無視したので、保安係は再び警察の力を借りようかと考えたとき鍍金課の三野組長に宥められて漸く保安室を去つたが、被控訴人は右行動により業務中の保安係の行動を妨害したのみでなく、保安室内で保安係の指示に従わず、工場内の秩序を著しく乱した。
(7) 右(1)ないし(6)の被控訴人の行為は、会社の就業規則第六二条第五号「事業場若しくは従業員に有害な影響を及ぼすと認められる行為をしたもの」および同第六号「従業員としての資格を汚す行為のあるもの」に該当するものである。
二、解雇理由の情状について、
(一) 被控訴人は、仮処分判決後の会社側の態度を非難し、右無断入場行為を正当化せんとしているが、被控訴人の右主張は根拠なく、会社側の態度には非難を受くべきものは何もない。すなわち、会社としては、被控訴人の従来からの度重なる職場破壊的言動(第一次解雇理由)もさることながら、被控訴人の従業員としての地位を認めた仮処分判決も言渡されたことでもあり、被控訴人の職場復帰は慎重に検討すべき問題であるとして、被控訴人も反省すれば、今後の組合との交渉如何によつては、これを認めるに吝かでないと考えていたのである。会社は、原審において主張したとおり、一月二六日および一月二八日に組合から被控訴人の職場復帰について申入を受けたことはなく、同月三〇日午後二時に至つて初めて中平労務課長に対して白井組合長代理、原副組合長、太田書記長より復職申入書を手交したが、その際にも組合側は片野労務部長と直接交渉するものとして、中平労務課長には何ら職場復帰の問題について触れるところがなかつた。しかも直接の担当者である片野労務部長は社用のため出張して不在であり、中平労務課長には、被控訴人の復職について決定する権限はなく、会社としては片野労務部長の帰社後に正式態度を決定することとしていたものである。ところが、その間、仮処分判決後未だ幾日も経たないうちに、本件懲戒事由が発生するに至り、会社としてはかような被控訴人の態度を見せつけられるに及んでは、一も二もなく被控訴人の職場復帰を拒否せざるを得ない羽目となつたものである。
元来、仮処分判決の主文は「被控訴人を従業員として取扱い、かつ金員の支払をせよ」との趣旨であり、右の「従業員として取扱い」というのは「解雇の効力を停止する」という以上のものではない筈である。労働契約においては労働者は使用者の指揮命令に従つて一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのがその最も基本的な法律関係であるから、労働者の就労請求権について労働契約等に特別の定がある場合又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的利益を有する場合を除いて一般的には労働者は就労請求権を有するものではない、と解すべきであつて、通説判例もまたかかる場合に労働者の就労請求権を否定している。本件仮処分判決においても被控訴人の就労請求権を認めなければならない特段の事情は存しない。してみると、会社が仮処分判決を右通説判例の趣旨に従つて被控訴人の就労請求権を認めたものでないと解しても、何ら非難さるべき筋合のものではない。会社が被控訴人主張のように、不当労働行為的な意図をもつて被控訴人を疎外したことは全くない。
(二) 本件懲戒解雇事由発生当時保安係のとつた行動についても保安係には非難せらるべき点は何もない。
(1) 被控訴人と保安係との間に第一次解雇後の就労斗争の際争のあつたことは事実であるが、右斗争においては保安係はただ単にその職責を遂行したにとどまる。その職責遂行の故に被控訴人が保安係に対し対立的な感情を抱いていたとしても、被控訴人の保安係に対する本件業務妨害行為を弁解する理由となるものではない。本件において保安係は被控訴人の行動に対し終始低姿勢であり、保安係が決して被控訴人との争を誘発したものではなく、被控訴人の行動は正しく被控訴人の性格の具体的表現である。
(2) 原審において主張した工場への入退場の手続は厳重に守られており、殊に深夜の入場は従業員と雖も禁止せられていたのである。ただ工場内には運河があり、その運河には資材等の運搬用の艀が碇泊し、その艀の中には船頭ならびにその家族が居住していたのでこれらの人々については別個に取扱われていた。船頭はもちろん会社の従業員ではないが、船頭が工場内の艀に帰るのは人が自分の住居に帰るのと同じであるから、保安係もその船頭が顔見知りでないときは厳重に調査して入門の許否を決しているが、顔見知りの船頭が自分の艀に帰る場合には調査を待つまでもないことなので、たとえ、ほろ酔気嫌であつても格別とがめだてはしていない。これに反し被控訴人はたとえ従業員であつても、深夜の入門の理由が明らかでないので深夜の工場責任者である保安係に入門の理由を告げて入門するのが当然である。被控訴人の入門直前にほろ酔気嫌の二、三人の船頭が保安係から何ら制止の措置を受けることなく入門しているのは、右の理由によるものであつて、工場の入退場の手続が厳重に守られていなかつたためではなく、まして保安係が被控訴人の入門を制止したのを保安係が被控訴人に対立的な感情を抱き被控訴人を殊更に差別扱いをしたものというのは甚しい見当違いであり、もとより不当労働行為をもつて目すべきものは何もない。しかも被控訴人の入門を知つた岡野保安係は一応制止の措置には出たが被控訴人を自己の所期する鋳造工場に赴かしめているのであり、その後同保安係は同工場に赴き、被控訴人に退去を求めながら、これを強行することなく、先に保安室に帰つているのである。保安係の正当の業務執行に対し保安係を非難するのは当らない。現に被控訴人が鋳造工場での同僚工員と話合後帰宅すれば何ら問題は起らなかつた筈である。
(3) 以上のとおりで本件において保安係のとつた行動を非難することは全く見当はずれの論であるといわねばならない。
(三) 佐竹富男に対する暴行事件について、
職場においては作業しているものが主であつて、被控訴人はその目的が奈辺にあつたにせよ、夜間の闖入者であつて、職場の状況に従つて行動すべき立場にあつたものである。しかも佐竹は殊更に被控訴人に危険を及ぼそうとしたものではなくて、正常の業務に従事していたのである。被控訴人の行動は佐竹の業務を妨害するものであるのみならず、もし台車が顛倒すれば非常な危険を招くものである。幸い佐竹の隠忍自重により大きな紛争を起すことなく、傷害の程度も軽微であつたにせよ、これを軽視することは許されないものである。
三、懲戒解雇の相当性について、
(一) 以上のとおりで、被控訴人に対する懲戒事由は充分に認められ、しかも情状軽減の余地は全くなく、懲戒解雇に値するものと考える。従業員に対する懲戒解雇が、最も重い処分であつて、軽々になすべからざることはいうまでもないが、就業規則所定の懲戒処分は、懲戒解雇のほかには減給、譴責であつて、譴責は本件事案に照し全く問題とならないし、減給は従来の例によれば、職能給一割減給六ケ月程度で、これをもつてしては到底被控訴人の反省を求め得べくもないことは明らかなので、会社は敢て懲戒解雇処分に踏み切つたものである。被控訴人の行状はその動機情状において同情すべき点がなく、著しく会社の経営秩序を侵害するものであつて、懲戒解雇処分は決して重いものとは考えられない。
(二) 会社は本件解雇事由を個々に切り離して考えているものではなく、右各事実を綜合し、かつ被控訴人の性格、勤務成績を加味して懲戒処分を決定しているのである。あらゆる人事問題はその本人の人格、勤務成績、具体的非行を綜合して判断し、処理すべきものであつて、これを切り離して考えることは許されない。従つて第一次解雇の事由についてもこれを情状として加味することが許さるべきである。
(三) 他の事件との比較
(1) 被控訴人主張の石田利男事件にしても、横田、吉川両保安係に関する事件にしてもむしろ偶発的、感情的紛争であり、その紛争のため業務の遂行が著しく妨害せられた事実は全く存せず、従つて被控訴人の本件行為とは全然趣を異にする。石田にしても後に石谷に謝罪している点はその人柄が被控訴人とは比すべくもなく、横田、吉川の件は祝儀酒に酩酊し少少言い争つたまでのことであり、平素の人柄から見て問題とならないのはむしろ当然のことである。
(2) これに反し、被控訴人の行動は、殊更に事件をつくりあげ、無実のことを実在するかの如くいんねんをつけて自ら紛争を拡大し、保安係の制止をも振り切り、自ら暴れ、警察官の来援を求めるのやむなきに至らしめ、無実のことを警察官に告げたため山岡保安係を西淀川警察署に同行を余儀なくせしめて、保安係の業務を著しく妨害し、あまつさえ、早朝再び入来して指の包帯でいんねんをつけ、大声でどなりちらして、再び、保安係の賃金支払その他の業務の遂行を著しく妨害しているのである。被控訴人は実に思う存分ほしいままな行為をなしているのであつて、他の従業員の隠忍自重のため業務の遂行の妨害がまだ本件程度に止まつたのであるが、被控訴人の右行動の責任は重大である。経営者が工場の全秩序維持のため、佐竹を始め隠忍自重して工場の秩序維持のため働いている従業員のためにも、また低姿勢で自重よく努めた保安係のためにも懲戒の方法として懲戒解雇を選択したことはむしろ当然すぎるほど当然であつて、何ら違法の点はない。経営の基礎が人間関係にある以上経営者が全般の秩序維持の見地からとつた本件懲戒解雇が無効と解せられる根拠は何処にもない。
第二、昭和三八年九月一七日付解雇(以下第三次解雇という)について、
仮に第二次解雇が無効であるとしても、被控訴人の事実欄第一の一の(1)ないし(6)に記載の行為、思想、発言は従業員としての適格性を全く欠き経営秩序を混乱せしめ生産の向上を著しく阻害するので、会社は昭和三八年九月一七日付、翌一八日被控訴人に到達の書面を以て、就業規則第三六条第一号後段所定の「事実上の都合により」被控訴人を解雇し、右解雇は同書面到達後三〇日目にその効力を生ずる旨の意思表示をしたから、会社と被控訴人間の雇傭関係は右書面到達後三〇日を経過した昭和三八年一〇月一八日限り消滅したものである。すなわち、
一、就業規則には次のとおり規定する。
第三六条 左の各号に該当するもので解雇するときは一ケ月前に予告するか又は基本月収の一ケ月分を支給する。
(一) 事業の縮少又は事業上の都合によるとき
(二)、(三)略
そして右第一号後段の「事業上の都合によるとき」とは事業の縮少による場合でなく、「会社の事業経営上必要なとき」を意味する。
二、被控訴人は事実欄第一の一の(1)ないし(6)に記載の行為をなし、保安係の業務を著しく妨害し((1)(2)(4)(6)の行為)従業員の正常な勤労意慾を阻害し((3)の行為)、殊更に紛争を構え((6)の行為中指の包帯を示して保安係に言いがかりをつけた行為、(2)の行為中「会社は金を払つてくれない。何か対策はないか」と話しかけている行為)、従業員間の協調を破壊し((5)の行為)、以て生産を著しく阻害する行為をなしたものである。しかも被控訴人は第二組合員を中心とする従業員間ではうるさい人物として嫌悪せられている。
三、およそ、会社が経営秩序を保持し、生産の向上を図ることはまさに至上命令であり、国際競争に打ち勝つて企業を維持発展せしめることは経営者に課せられた重大な使命である。被控訴人の存在が、従業員間の協調を欠き、職場の秩序を乱し、従業員の間で嫌悪されているものである以上、これを排除することは会社経営者のまさにとるべき態度であり、被控訴人を解雇することは、会社の経営秩序を維持し、生産の向上を図るため会社にとつては必要不可欠である。
四、以上の次第で、第二次解雇事由が仮に懲戒解雇に値しないとしても、会社は被控訴人の右行為等を理由として就業規則第三六条第一号所定の「事業上の都合により」被控訴人を解雇しうるものというべきである。従業員に、経営に対し不都合な行為があるのに経営者としてこれを解雇(普通解雇)し得ぬということはあり得ない。けだし従業員はしかく強力な身分上の保障を有しているものではなく、労働基準法も一般に使用者は従業員に対し三〇日前の解雇予告或は三〇日分の平均賃金の提供により解雇しうるものとしているからである。さもなければ企業の能率的運営はなし得ない。それ故会社の就業規則においても「事業上の都合により」労働基準法所定の手続をふむことにより解雇しうるものとしたのである。本件の如き場合において会社が被控訴人に懲戒事由を認めそれを理由として予告解雇(普通解雇)しうることは当然である。
第三、仮処分の必要性の消滅について、
被控訴人は昭和三一年夏頃から自宅において食料品店兼果物店を開業し、開業当初の収益はとにかく今日では相当の収益をあげ、これにより被控訴人一家(夫婦と子供三人)の生計を維持しているだけでなく、かなりの蓄積もでき、今やその営業は決して内職程度のものではない。現に、昭和三七年中には電話一基を架設し、そのためには一〇万円以上の出費を要した筈であり、更に昭和三八年中には従来の平家建店舗を二階建店舗に増改築し、そのためには一〇〇万円内外の費用を要したものと推定される。電話の架設や二階の増築の如きは現下の経済生活の通常の観念よりすれば上位の収入者であつて始めてできることである。一方、被控訴人は会社より給料として昭和三二年一月二九日金二二万六、〇九六円を受領したのを始め爾後今日まで毎月二八日(昭和三五年六月分以降は毎月二六日)に金一万九、二一五円宛の支払を受けている。
以上の事情を綜合すると、仮に、第二次解雇(昭和三二年三月二七日)当時被控訴人の営業による収益がその一家の生計を支えるものとして殆んどあつてなきに等しいものであつたとしても、いまや事態は著しく変化したものといわねばならない。現在被控訴人には右のような経済的余裕があるのであるから、本件仮処分によつて仮に賃金の支払を受くべき必要性は全く消滅するに至つたものといわざるを得ない。
第四、事情の変更
よつて本件仮処分は、昭和三二年三月二七日又は昭和三八年一〇月一八日限り、会社と被控訴人間の雇傭関係が消滅した点からいつても、また保全の必要性が消滅した点からいつても、民訴法第七五六条第七四七条所定の事情の変更ありたるものというべきであるから、取り消さるべきものである。
(被控訴人の主張)
第一、控訴人主張の第二次解雇事由について、
一、同(1)の事実について、
被控訴人は昭和三一年二月初め、会社により違法な第一次解雇を強行され、爾来昭和三二年一月二五日に仮処分判決がなされるまで満一年間生活費を断たれ、精神的にも極めて不安定な状態で裁判にすべての期待をかけ、同僚のカンパに支えられ、借金をしながら、漸く生き延びてきたといつてよい実情であつた。しかして一月二五日勝訴判決をえたのであるが、会社側の賃金支払準備状況がどうであれ、現実の支払が一日一日と遅れてゆくとき、その一日一日が被控訴人にとつて如何に苦痛に満ちたものであつたかは何人もこれを了しうるところである。のみならず、会社は、被控訴人の職場復帰を拒否してその職場への立入り又は工場への立入りについて仮処分判決前と全く同様の措置をとつていたものである。仮処分判決が会社の不当労働行為を確認している以上、これらの措置は一連の不当労働行為として評価されねばならないのである。仮処分判決は会社の不当労働行為を前提として、被控訴人に対する不利益扱いを中止させ、従業員として取扱うべきことを命じているのであつて、組合の復職申入れの有無にかかわらず、会社は被控訴人を従業員として取扱わなければならない筋合のものである。
被控訴人に就労請求権があるか否かはともかくとして、会社が被控訴人を他の従業員と差別して、殊更に、会社構内に入れず他の従業員と接触する機会を剥奪し、就労させないことにより賃金を仮処分判決の範囲内にとどめて、昭和三一年以降一切の昇給を認めず、一時金を支払わない等不利益扱いをしていることを正当視する理由はなく、これらの会社の態度は、仮処分判決のなされた直後から被控訴人に著しい不安を感ぜしめる状態で既に始まつていたのである。(そのことは今日では極めて明白になつている。)このような会社の態度に接して、被控訴人が夜勤中の同僚に裁判の経過報告と謝礼のために構内に入つたものであり、その方法も従前の慣行に従つたもので特に非難すべき点はない。なお夜間に右行動が行われた点についても夜勤者に会うためになされたもので特段の悪意のなかつたことは明らかである。飲酒していたといつても、被控訴人が自宅を出る際は、時期が厳寒の深夜であり、無念の余り寝られず、同僚の従業員に訴えに行くのに一杯飲んで出かけるということは日頃重労働に従事している労働者としては、むしろ当然のことであり、殊更に非難さるべきことではない。
二、同(2)の事実について、
被控訴人が予想していたとおり、鋳造工場では休憩時間中であつて、休憩中の同僚に平穏に話をした被控訴人の行動は何ら非難さるべきものではなく、むしろ正当な組合活動として保護せらるべきものである。けだし組合活動は、それぞれの条件に応じ組合の大きな方針に従つて組合員がそれぞれの活動をするのであつて、組合が解雇反対斗争をやつてきた場合、斗争の中心であつたというより、斗争そのものの渦中にあつた被控訴人が、そのことについて、一定の結論が出ればこれを一般組合員に報告する活動は正当な組合活動というべきであるからである。従つてこれに介入し、それを抑圧する会社の行為は不当労働行為である。被控訴人がその組合活動に介入してきた岡野保安係に対し抗議するのは当然な、正当な行為である。むしろ被控訴人は紛争を避けるため特別の配慮をして早急に同工場を退出しているのである。
三、同(3)の事実について、
佐竹富男に対する、いわゆる暴行も軽微なものであつて、特にそれが処分理由として追加されてきた事情経過に照し問題視するほどのものではない。
四、(4)の事実について、
工場内において岡野保安係から退去を要求され、それに不満をもつていた(その内容は前述の如き会社側の不当労働行為に対する抗議という性質をもつている)被控訴人が気軽に保安室に入つて行つたことは、特に工場の出入口に多数人が通行しているというような時期でない場合にはとりあげて非難さるべきものではない。現に保安係もこのことを非難していたものではない。ところが話している間に保安係から侮辱的な言動をされて、被控訴人が憤慨するに至り、控室の保安係も出て来て、いわば被控訴人の「叩き出し」が始まつて、被控訴人も、多勢に無勢、ついに倒されたまま、いわゆる「横になつた」という経過であつて、そのこと自体賞讃さるべきことではないにしても、荒つぽい鉄鋼労働者の中での些細なトラブルで、被控訴人のみを非難し、解雇理由とするに足るものではない。
五、(5)の事実について、
山岡保安係への脅迫云々はその同行の時期距離等客観的な情況に徴して針小棒大というほかはない。
六、(6)の事実について、
多勢に無勢で、いわば叩き出された(4)の事実に対する抗議であることはいうまでもない。このことは(4)の事実につき被控訴人が被害者的立場にあつたことを示している。およそ労働者が会社権力者に対して抗議行動を起す場合は多衆に訴える方法をとるのが通常であることを考えれば、鉄鋼労働者としての被控訴人の行動は必ずしも上品でなく、客観的に見て他に適切な方法が考えられないことがないとしても、これをもつて直ちに解雇理由とすることは余りにも酷であるというほかはない。
七、以上のとおりで、被控訴人には懲戒解雇に値するような言動は存在しないものである。
第二、第三次解雇について、
一、第三次解雇を理由とする会社の仮処分取消の申立は、仮処分に対し、昭和三八年一〇月一九日発生した新たな特別事情発生を理由とする、いわゆる特別事情による仮処分取消の申立であり、原仮処分裁判所に対してなされるべき筋合のものであり、原仮処分裁判所を超えて直接右申立をすることは審級の利益を害する申立であつて許さるべきではない。
二、会社の第三次解雇の理由である「事業上の都合」の内容は明らかに第二次解雇事由と同じであり、第二次解雇の事由が懲戒解雇の理由となり得ない以上、これを「事業上の都合」とすることは全く無意味である。会社の事業は今日全く多忙であり、泉大津工場を拡大し、残業につぐ残業をしている実状にあるので、会社の事業上の都合は鋳造工を減員する必要は全くなく、「事業上の都合」が解雇理由となりえないことは明白である。反つて既に仮処分判決で確定しているように、会社は被控訴人に対し不当労働行為を行つてきたのであり、その意図が特になくなつたと認めるべき事由もなく、「事業上の都合」に藉口して被控訴人を職場より排除しようとするものであり、第三次解雇は不当労働行為であるか、少くとも権利の濫用として許されないものである。
第三、仮処分の必要性について、
会社自身の認めるように、被控訴人の開業当初は収益は殆んどなく、その後張出し店舗が許されなくなつたので、やむなく借金をしながら増築して店舗を維持しているのであり、電話架設も月賦払によるものであつて、店舗の増築も電話架設も営業上の収益が増大したことによるものではない。会社は仮処分判決後も昭和三一年一月当時の平均賃金しか支払わず、被控訴人を従業員として取扱う点において差別扱いを続けているのであつて、現に毎月の賃金支払額は二万円に満たない。かかる額で被控訴人およびその家族の生活を維持しえないことは物価高騰の今日明白な事実である。被控訴人は就労を拒否され、差別扱いをうける中で、不足の生活費を確保すべく、営業に努力しているのであつて、いわば会社の不当労働行為の被害を少くするための緊急避難行為(営業)である。しかるにその営業の故に仮処分の必要性なしとして救済を拒否するとすれば結果においては、会社が不当労働行為を継続してきたために、これを容認することになりかねないのであつて許さるべきことではない。
第四、よつて、被保全権利、保全の必要性のいずれの点についても、本件仮処分の基礎たる事情の変更はないから、会社の申立はいずれも失当である。(疎明省略)
理由
第一、会社が主張する原判決事実摘示欄第一の一に記載の事実は当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一号証によると、本件仮処分事件の控訴事件である当庁昭和三二年(ネ)第一〇五号従業員地位保全仮処分控訴事件につき昭和三五年八月二二日会社の控訴を棄却する旨の判決がなされたことが認められる。
第二、第二次解雇について、
一、会社がその主張の日に事実欄第一の一の(1)(4)(5)(6)に記載の被控訴人の行為が会社の就業規則第六二条第五号および第六号に該当することを理由として被控訴人に対し昭和三二年三月二六日付内容証明郵便をもつて懲戒解雇の意思表示をなし、該書面が翌二七日被控訴人に到達したことは当事者間に争がない。
二、そこで、先ず会社の主張する懲戒事由の存否について考える。
(1) 事実欄第一の一の(1)(2)に記載の事実について、
成立に争のない甲第五(一部)、六号証、同第一二号証、当審証人山岡勇、原審および当審証人藤木寅吉、原審証人伏見重太郎の各証言、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果(各一部)を綜合すると、
被控訴人は昭和三二年一月二九日午前一時三〇分頃酒気を帯びて会社の百島工場に赴き、保安係に何らのあいさつをすることなく、表門から工場内に入りそのまま工場内の鋳造工場に行つたところ、右鋳造工場では、ロール課(現鋳造部)の藤木寅吉ら当日の夜勤番の工員らは休憩時間中であり、乾燥炉の周囲に敷いたござの上で暖をとりながら雑談に時を過しているところであつたので、被控訴人もその中に加わつて身体を横たえ、右藤木らに「こんど判決があつた。いろいろ支援してもらつてありがとう」等と謝礼を述べると共に、昨二八日会社から賃金の支払を受けえなかつたことに不満の意を伝え、「何か対策はないか」等と話しかけたりしていたところ、五、六分後に岡野保安係が被控訴人のもとに来て「夜の今時分来て、何しているんや、早く帰らんか」といつて退去を求めたのに対し、被控訴人が「今時分来たのが何が悪い。おれも従業員やないか」と答える等の応酬があつて、被控訴人は退去の指示に従わなかつたため、同保安係も同所を引きあげ、その後しばらくして被控訴人もまた「皆によく礼を云つて帰りたいのだが、ゴタゴタがあつてもいけないので」との言葉を残して入場後約二〇分で鋳造工場を退去した。
以上の事実が一応認められ、右認定に反する前記甲第五号証の記載、原審および当審(一回)証人中平梅喜の証言はたやすく信用し難い。
会社は、被控訴人が工場へ入門する際にも岡野保安係から制止せられたにかかわらずこれを無視して入場した旨主張するけれども、右会社の主張に副う原審証人山岡勇、同岡野安太郎の各証言は右認定に供した証拠と対照してたやすく信用し難く、他にこれを認め前認定を覆えすに足る疎明はない。
(2) 次に会社の主張する事実欄第一の一の(3)ないし(6)の事実について考察するに、この点についての当裁判所の認定は、原判決の事実認定を支持する証拠として、成立に争のない甲第一二号証、会社の工場の一部の写真であることについて争のない検甲第三号証の一ないし四、当審証人山岡勇(一部)同西山正(一部)同中田孝道の各証言および当審における被控訴人本人尋問の結果を加え、当審証人佐竹富男、同山岡勇、同西山正、同原八郎(一回)、同中田孝道の各証言および当審における被控訴人本人尋問の結果中右一応の認定に牴触する部分はたやすく信用し難い旨付加するほか、原判決理由に記載のとおりであるから、ここにこれ(原判決一五枚目裏二行目から同六行目(注、例集一〇巻四号六七七ページ四行目から七行目)までおよび同一六枚目裏二行目から一八枚目裏一一行目(注、同上六七八ページ三行目から六八〇ページ七行目)まで)を引用する。(ただし一五枚目裏四行目(注、同上六七七ページ五行目)「藤木寅吉、伏見重太郎」を削り、一六枚目裏二行目(注、同上六七八ページ三行目)に「午前二時五〇分頃」とあるを「午前一時五〇分頃」と訂正する。)
三、しかして成立に争のない甲第一号証によると、会社の就業規則第六二条第五号には「事業場若しくは従業員に有害な影響を及ぼすと認められる行為をしたもの」、同条第六号には「従業員としての資格を汚す行為のあるもの」を懲戒事由として定めていることが明らかである。
四、会社は右認定の被控訴人の行為(前記二、の(1)の行為および右に引用した原判決理由二、の(一)の(3)(4)(5)に認定せられた行為)は就業規則所定の右懲戒事由に該当すると主張するので、その当否について判断する。もつとも、被控訴人は右(1)の行為のうち「鋳造工場において岡野保安係より退去の指示を受けながらこれに従わなかつた行為」および原判決理由二の(一)の(3)に認定の行為は当初懲戒解雇の際は懲戒事由として示されていなかつたものを追加して主張するものであり、かかる主張は許されない旨主張するが、当裁判所は被控訴人の右主張は理由なきものと認める。その理由は原判決の説示するところ(原判決一九枚目表四行目より同裏七行目(注、同上六八〇ページ一二行目から六八一ページ五行目)まで)と同一であるから、これを引用する。
(一) 前記二、の(1)の行為について、
(1) 被控訴人が右の如く工場内に立入るまでの経過についての当裁判所の認定は、右認定を支持する証拠として、当審証人原八郎(一回)同太田耕八、同中平梅喜(一回、一部)の各証言および当審における被控訴人本人尋問の結果を加え、該認定に反する当審証人中平梅喜(一回)、同片野養蔵の各証言は、その認定に供した証拠と対照してたやすく信用できない旨付加するほか、原判決理由に記載するところ(原判決一九枚目裏九行目から二一枚目表七行目(注、同上六八一ページ七行目から六八二ページ一七行目)まで)と同一であるからこれを引用する。
(2) 一方成立に争のない甲第二号証、同第一二号証、会社の百島工場の一部の写真であることについて争のない検甲第二号証の一ないし四、原審および当審証人中平梅喜(当審は第一回)同片野養蔵、同山岡勇、同西山正、同藤木寅吉、当審証人中田孝道、原審証人岡野安太郎の各証言ならびに原審および当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、
(イ) 会社では、従業員であると否とを問わず、工場の入退場は保安係の責任において管理せられており、従業員については、就業の目的である場合には、タイムレコードを打つて入退場し、就業以外の目的である場合には所定のカードを保安係に提出し、用件を告げて入場し、用を終えると右カードを受取つて退場すること、従業員でない者については保安係に用件を告げ、面会票、記章の交付を受け、これを帯用して入場し退場時には保安係にこれを返還することと定められていたこと、
(ロ) 会社制定の保安服務規程第九条によると、保安係は酒気を帯びている者、遅刻のため就業させる必要がない者、保安係の行う職務行為を拒んだ者等についてはその入場を禁止し、又は退場せしめねばならない旨が定められていること、
(ハ) 第一次解雇処分後会社は被控訴人が昼間工場内の組合事務所に立入ることのみを黙認していたものであるが、該立入に際しては、被控訴人において特に入門のための所定の手続をとるまでもなく、単に保安係に挙手するとか目くばせで合図する程度のあいさつをするだけで立入が認められており、仮処分判決後も会社はその取扱を改めていないこと、
(ニ) 工場内の運河には常時資材運搬の艀が数隻碇泊しており、艀の船頭およびその家族については右のような厳重な入退場の管理は行われず、艀の船頭がその船に帰る場合は、保安係が船頭と顔見知りであるときは、格別の手続をふまずに入場しまた深夜であつても酒気を帯びていてもその入場は認められており、現に被控訴人が右日時に入門した直前にもほろ酔気嫌の船頭が何らの手続をとることなく入門したが保安係においてこれを制止していないこと、
(ホ) 被控訴人は右入門当時若干酒気を帯びていたが泥酔というには程遠いもの(約三〇分前自宅を出るときに約一合のしようちゆうを飲んでいたもの)であつたこと、
(ヘ) 被控訴人が右仮処分事件の追行にあたり職場を同じくする同僚工員から資金カンパ等により側面的な支援を受けていたがこれらの同僚工員と会うためには夜勤中の休憩時間を利用することが好都合であつたこと、
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(3) 以上認定の事実によると、
被控訴人が二八日に賃金の支払を受け得なかつたのは給与係に赴いた際被控訴人に対する賃金の支払につき会社から指示を受けていた係長が既に退社後であつたことによる手違に基づくものであり、しかも後刻には中平労務課長から支払の用意ができている旨聞いているのであるから、この点について被控訴人が不満を抱き同僚に会社の態度に対する不満を打ち明けようとしたことは軽率のそしりを免れえない。(現に翌二九日被控訴人に対し会社が用意していた前記金額の賃金が支払われたことは成立に争のない甲第四号証の一、二によつて明らかである。)しかしながら、反面さきに認定のとおり、仮処分判決後の被控訴人の処遇についての会社と組合の交渉がはかばかしく進展しないことを被控訴人が聞知していた事実や当審証人原八郎の証言(第二回)により認められる、当時会社において被控訴人の所属する組合(第一組合)の組合員と第二組合の組合員とで差別的な取扱がなされていた事実を考え合せると、被控訴人が判決後の会社の態度に不満と不安を抱き、夜勤中の同僚工員を訪ね前記支援に対する謝礼を述べるとともに、判決後の会社の態度に対する不満を打ち明けようとして深夜の工場訪問を思い立つたことは格別咎むべきこととは考えられない。(なお控訴人は深夜の工場入場は従業員と雖も許されない旨主張しているが、前認定の船頭およびその家族に対する取扱や成立に争のない甲第二号証の保安係服務規程によると、深夜と雖も正当の用務のある者には入場を許す趣旨であることは明らかである。)
酒気を帯びていたにしても、工場施設や従業員に対し有害な危険性があると認められる程のものではないし、入門の手続については前記のとおりの特別の取扱が認められていたのであるから、右のような入場の動機および事情を考え合せると、本件被控訴人の工場入場を工場施設や従業員に対し有害な影響を与える危険性があつたものということはできない。
更に鋳造工場内での同僚工員との会話は休憩時間中に行われたもので、夜勤者の作業の遂行に何らの妨害を与えたものではなく、また会話の内容も賃金支払の点について会社を非難しているのは軽率のそしりを免れえないが、その他は格別非難すべき点はない。ただ岡野保安係より退去を求められた際これに反撥するが如き言辞を用い、これに対していることは不穏な言動といわざるをえないが、これとても、結局紛争の起ることを虞れて同僚との短時間の会話の後保安係の指示どおり同工場より退去したのであるから、前記懲戒事由として取りあげるほどのこととは認めえない。
(二) さきに引用した原判決理由二、の(一)の(3)に認定の被控訴人の行為について、
被控訴人が、原判決認定の如く、佐竹富男の足を叩いたのは、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人が台車の線路を通行していたところ、佐竹が台車を運転してきたので、危険であることを注意する意味で軽く同人の足を叩いたにすぎず、暴力行為というほどのものではないことが認められる。もつとも、佐竹は作業中であつたことが明らかであるから、被控訴人において台車の運転を妨げないように注意すべきであつて、佐竹の行為を咎めることは筋違いであるといわざるをえないが、原審証人西山正、原審および当審証人佐竹富男の各証言ならびに弁論の全趣旨によつて明かなように、佐竹は、その後自ら会社に右事実を申告する等の措置に出ることなく、約九ケ月後の昭和三二年一〇月中に至つて西山保安係に柔道の指導を受けている間の雑談中にこれをもらしたことから始めて会社もこれを知り本件解雇の事由としてとりあげるに至つたもので、暴行の程度も軽微なものであつたことを推認するに難くなく、佐竹の作業に支障を生じたことを認め得る確証もないから、被控訴人の右行為を前記の懲戒事由として取り上げるに足る程のものではないと考える。ただ、右佐竹は、原審においては、右暴行を受けた部分の筋肉が二、三日痛んだ旨証言し、更に当審においては、当時同人は左足膝関節炎を患つて治療中であり、右暴行のため病状が悪化し二、三日うずいた旨および右暴行を受けたため立腹して掃除や翌日の作業準備のための約一時間程の量の仕事が残つていたのを中止した旨証言しているが、これらは右事件が表面化した経緯および原審証人西山正の証言により成立を認める甲第九号証の二と対照すると、かなり誇張されていることが窺われ、たやすく信用し難い。
(三) さきに引用した原判決理由二、の(一)の(4)、(5)に認定の被控訴人の行為について、
右各行為については当裁判所も前記懲戒事由に該当するものと認める。その理由は原判決理由に記載するところ(原判決二四枚目表末行から二五枚目表八行目(注、同上六八六ページ七行目から六八七ページ四行目)まで、ただし二四枚目裏三行目(注、同上六八六ページ九行目)に「二回にわたつて」とあるを削る。)と同一であるから、これを引用する。
五、懲戒解雇の相当性について、
(1) 以上のとおり、さきに引用した原判決理由二、の(一)の(4)(5)に認定の被控訴人の行動は就業規則所定の懲戒事由に該当するものというべきであるが、前記甲第一号証の就業規則によれば、懲戒の種類は一、譴責、二、減給、三、解雇の三段階に分れており、その選択は使用者に委ねられているとはいえ、決して恣意的な選択を許すわけではなく、客観的に妥当なものでなければならないことはいうまでもないところであつて、殊に懲戒処分中懲戒解雇は、従業員を企業外に排除する最も重い処分であるから、懲戒権が企業秩序維持の目的に奉仕するものであることに照し違反者をそれ以下の軽い処分に付する余地を全く認め難い場合に限つて許されるものと解するのが相当である。
(2) 叙上の観点に立つて被控訴人の情状について検討する。
(イ) 前記仮処分判決においては、被控訴人を会社の従業員として取扱うことを命じているのであるから、被控訴人が仮処分事件において勝訴した以上、解雇前と同様の処遇を与えられるであろうとの期待を抱いたであろうことは容易に推測しうるところであり、またかかる期待を抱くのも無理からぬことである(本件において法律上被控訴人に就労請求権が認められるべきか否かはともかくとして)。しかるに、会社は右判決後も、賃金支払の点を除いては被控訴人の処遇について何ら変更することなく、被控訴人の職場復帰についての会社と組合間の折衝がはかばかしく進展しなかつたこと、および当時会社において第一組合員と第二組合員との間で差別的な取扱がなされていたことは前認定のとおりである。このような会社の態度は片野労務部長の不在や判決後短時間を経過しているにすぎない点を考慮に入れても、前記のような期待を抱いていた被控訴人に不満と焦燥を与えたことは当然といわねばならない。そして本件で被控訴人のとつた一連の行動は、上記のとおり責むべき点が数々あるけれども、この不満と焦燥に端を発していることは、右行動を評価する上において充分に参酌すべきものと考える。
(ロ) 成立に争のない甲第一一号証の三、原審証人山岡勇、同西山正、同太田耕八、同原八郎の各証言および弁論の全趣旨によると、第一次解雇後の就労斗争に際し被控訴人の構内入場拒否をめぐり被控訴人と保安係との間に二、三回紛争を生じたことがあつた事実が認められ、被控訴人と保安係との間には微妙な対立的感情が伏在していたことは容易に推測しうるところである。前示のような夜勤中の同僚工員をその休憩時間中に訪問して仮処分事件についての支援に対し謝礼を述べ、その後の会社の態度に対する不満を訴えんとする、被控訴人としては無理からぬ深夜の訪問に対し、岡野保安係よりむげに退場を求められたところより、被控訴人が、保安係が被控訴人を他の従業員と差別するものであるとの不満を抱いたことは、鋳造工場における被控訴人の応答によつて認められるところである。そして被控訴人が保安室に入り保安係と話合つていたところ、かかる被控訴人の気持に理解を持たない山岡保安係の前記のような一方的な説諭じみた言動が被控訴人の反撥心を起させ、保安係員の退去の要求に対する反抗となつたもので、被控訴人のその後の言動は、著しく粗暴であるけれども、多勢に無勢の立場よりむしろ敗者の抵抗にすぎないものといいうる。また西淀川警察署よりの帰途における脅迫的言辞といつても、小児病的な強がりにすぎないものであり、もとより人を畏怖せしめるに足るものではない。
そうすると、被控訴人の言動は甚しく粗暴であり、その暴言妄動には許し難き点があるけれども、前示のような会社側(保安係をも含めて)の態度を考え合せるときは、なお情状酌量の余地があるものと考える。控訴人は会社側の態度には何らの非難を受くべき点がない旨るる主張しているけれども、当裁判所はこれを採用することができない。
(ハ) 原審および当審証人太田耕八、同原八郎(当審は一回)の証言によると、昭和三二年七月頃勤務時間中に二名の工員の間でもめごとが起り一方が約二尺の火箸で他方の背中から殴りつけ一〇針ぐらい縫合手術を要する傷害を与えた事件があり、職場会議でも問題にされたが結局加害者は減給処分に付されたのみであつたこと、その他石田、石谷間の殴打事件等従業員相互間の暴行傷害事件は必ずしも稀ではないが、最近懲戒解雇処分のなされたのは被控訴人を除いて他にないことが認められる。本件は、会社の保安係との間の争であり、単純な暴行傷害事件ではないが、その主体は被控訴人の暴力的言動であり、保安係の業務の遂行に対する妨害といつてもその障害は必ずしも大きいものとはいえないから、右のような前例との均衡も考えられるべきである。
(3) 前項(イ)ないし(ハ)の事情に加えて、前記懲戒事由該当行為の具体的な内容、会社に与えた被害の程度その他諸般の情状を綜合すると、本件についてはなお情状軽減の余地が認められ、従つて、会社が被控訴人を他の種類の懲戒処分に付するは格別最も重い懲戒解雇に付し、完全に反省の機会を奪い去り、企業外排除をはかつたのは余りにも酷にすぎるものというべく、結局情状の判定を誤まり、ひいては就業規則の適用を誤まつた無効の解雇であるというほかはない。
会社は、他の懲戒処分をもつてしては、被控訴人に反省を求め得べくもない旨主張しているが、会社の右見解は当裁判所の左袒しえないところである。
(4) 会社は、本件懲戒処分の決定にあたつては、本件解雇理由を個々に切り離して考えるべきではなく、これを綜合して勘案し、かつ被控訴人の性格や勤務成績をも加味して考察すべきであり、従つて第一次解雇理由もこれを情状として参酌すべきであると主張する。
(イ) なるほど、本件懲戒事由として前記一月二九日深夜より早朝にかけての一連の被控訴人の言動が問題とされているのであるから、その個々の行為が懲戒事由に該当するか否かを検討するとともに、一連の行為としてその情状を判定すべきことは当然である。しかして被控訴人の右一連の行為中には、さきに認定したとおり、懲戒事由として取り上げるに足らないとしても、軽率、不穏な言動であるとのそしりを免れないものが散見せられる。しかしながらそれらの行為が行われた環境、事情を考慮するときは、これを情状として参酌してもなお前記結論を左右するものとは認められない。
(ロ) また、成立に争のない甲第一〇号証によると、昭和二九年八月作成せられた被控訴人の人事考課表において横田課長が、信頼度、協調性、責任感はいずれも「劣る」、所見として「附和雷同、猪突性、下剋上、反抗性あり」と評定していることが認められ、原審および当審証人片野養蔵、同中平梅喜(当審は第一回)、同山岡勇の各証言ならびに前記甲第五号証、成立に争のない甲第一一号証の二(横田礼三証人尋問調書)中には被控訴人の勤務成績およびその性格について口を極めて非難している部分があるけれども、弁論の全趣旨によると、右は被控訴人の組合運動に端を発した会社との抗争において対立的立場にある右証人らの被控訴人に対する強い反感が多分に加味されていることを看取するに難くないから、それらをそのまま情状として参酌することはできない。
(ハ) 更に第一次解雇理由については、その解雇理由は第一、二審の仮処分判決を通じて否定されており、右判決において認定せられた被控訴人の行為中には、粗暴な言動と評せらるべきものがないではないが、その行われた経緯を考えると、本件懲戒処分を決定するに当つて情状として特に取りあげるに足るものはない。
(ニ) 要するに、会社の主張する右各事情は、これを綜合して情状として加味してみても、本件懲戒処分に対する前記の結論を動かすに足るものではないというべきである。
第三、第三次解雇について、
一、被控訴人は、右解雇を理由とする本件仮処分取消の申立は、昭和三八年一〇月一九日発生した新たな事情の発生を理由とする、いわゆる特別事情による仮処分の取消の申立であり、原仮処分裁判所になされるべきものであり、原仮処分裁判所を超えて直接控訴審裁判所になすことは、審級の利益を害し、許されない旨主張する。しかしながら、本件第二次および第三次解雇を理由とする仮処分取消の申立は民訴法第七四七条第七五六条にいう事情変更を理由とする仮処分取消の申立であることは会社の主張により明白であるところ、原申立は仮処分後の会社の第二次解雇の意思表示によりその時以降会社と被控訴人間の雇傭関係は消滅し、被控訴人は会社の従業員たる地位を失い、ために会社は賃金支払義務を負わないこととなつた事実の発生を理由として事情変更による仮処分の取消を求めるものであり、新申立は、仮に第二次解雇が認められないとしても、会社がその後に第三次解雇の意思表示をしたことにより、その時以降の会社と被控訴人間の雇傭関係の消滅を理由として前同様の申立を追加的になすものである。そして各解雇の原因たる事実は同一であり、その解雇の時期および方法を異にしているだけである。そうすると、両申立はその申立の基礎に変更なく訴訟を遅延せしめるものとは認められず、民訴法第二三二条の訴の変更の要件を充たすものというべく、事情変更を理由とする仮処分取消の申立についても、右要件を充たすかぎり、控訴審において訴を変更することは許されるものと解すべきであるから、被控訴人の右主張は理由がない。
二、(1) 会社が昭和三八年九月一七日付内容証明郵便をもつて、会社主張の事実を理由として就業規則第三六条第一号後段を適用して「事業上の都合により被控訴人を解雇する。その解雇の効力は書面到達後三〇日目に効力を生ずる」旨の意思表示をなし、その書面が翌一八日被控訴人に到達したことは成立に争のない甲第一五号証の一、二によつて明らかである。しかして会社主張の事実の存すること(ただし、事実欄第一の一、の(1)のうち、岡野保安係の制止を無視して工場に入場した点を除く)はさきに認定したとおりであり、また成立に争のない甲第一号証によると、会社の就業規則第三六条には会社主張のとおりの規定の存することが認められる。
(2) そこで第三次解雇の効力について考える。
就業規則で解雇事由を定めている場合には、従業員の地位を保障するため使用者が解雇原因を就業規則所定の事由に限定したものと解せられる。そして就業規則につき懲戒解雇と普通解雇(予告解雇)を規定し、懲戒解雇につきその解雇事由を限定し、その解雇につき組合と協議の上これをなすべきこと等厳重な審査手続を定めている場合には、懲戒解雇に当らない従業員の非行を捉えて普通解雇に転換して解雇することは許されないものと解しなければならない。けだし、これを認めるときは懲戒解雇につき解雇原因を限定し、その解雇につき厳重な審査手続を規定した趣旨が容易に蝉脱せられ、無意味に帰するからである。
本件についてこれを看るに、会社の就業規則(前記甲第一号証)では、第六〇条においては懲戒処分として、譴責、減給、解雇を定め、第六二条において懲戒事由を限定し、第六三条において「懲戒せねばならぬものの認定及び処分その方法は労働組合と協議の上会社がこれを行う」旨規定し、一方、別に第三六条に前記のような普通(予告)解雇の規定をおき、普通解雇については懲戒処分におけるような手続を規定していない。そして会社が第二次解雇において懲戒解雇事由とした被控訴人の行為が、会社の秩序を乱し生産の向上を阻害するものとして、右就業規則第三六条第一号後段を適用して「事業上の都合により」第三次解雇(普通解雇)をしたことは会社の主張により明らかである。そうすると、第二次解雇事由が前示のとおり懲戒解雇に値いしないものである以上、会社は、前説示のとおり、これを事業上の都合による解雇に転換して被控訴人を解雇することは許されないものといわねばならない。これに反する会社の主張は採用し難い。従つて会社のなした第三次解雇は無効である。
第四、仮処分の必要性の存否について、
会社は被控訴人は昭和三一年夏頃から食料品店兼果物店を開業し、既に一〇年近く経過し今日では相当の収益をあげ、これにより被控訴人一家の生計を維持しているだけでなく、かなりの蓄積もでき、昭和三七年中には電話を架設し、同三八年中には店舗を増改築しているほどであつて、かかる経済的余裕のあるものについては、本件仮処分の必要性は消滅したものというべきである旨主張する。
しかして、いずれも被控訴人の自宅の写真であることにつき争のない検甲第一号証、同第四号証の一ないし四、電話番号簿の写真であることにつき争のない甲第一六号証の一、二、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、被控訴人は昭和三一年六月頃からパン、麺類等を販売する食料品店を開業し引続き現在まで営業していること、被控訴人は昭和三七年頃電話一基を架設し、平家の自宅店舗を二階建の店舗兼住宅に増改築したこと、右電話は電話業者の勧めにより電話架設の申込をしたところ、右申込が当籤して架設せられることとなつたが、その架設に要する費用一六万円余は電話業者の計らいにより毎月三、四千円の月賦払として支払つていること、また右自宅の増改築も従前の平家建店舗は、その前に他人所有の空地があつたので、道路上に張出し店舗を作り前記営業をしていたところ、右空地が売買せられ、事務所が建築せられたため道路上に店舗を張出すことができなくなつて、前記営業の継続が困難となり、やむなく姉婿の大工平山某の勧めにより借金等によつて従前の平家建店舗を増改築し、そのため約四〇万円の費用を要したが、これを月々分割弁済していること、現在では一ケ月約一二万円位の売上げがあるが、所得税を納付する程の収入はないこと、
以上の事実が一応認められ、右認定に反する疏明はない。
右認定の事実によると、被控訴人の右営業による収益は開業当初よりかなり増加していることが窺われるけれども、当裁判所に顕著な、その後の日常生活費の著しい高騰や被控訴人の負担する右債務を考え合せると、直ちに、被控訴人が、会社から賃金の支払を受けなくとも、右営業の収益により被控訴人一家(夫婦と子供三人)の生計を維持しうる経済状態に立ち至つたと認めるに足る疏明があつたものということはできない。しかして、このことは、成立に争のない甲第四号証の一ないし一〇五により認められる、被控訴人が会社から昭和三二年一月二九日金二〇万六、八八一円の支払を受けたほか、同月より昭和四〇年八月まで毎月金一万九、二一五円の賃金の仮払を受けており、その額が合計二二五万円を超える額に達していることを考慮に入れても変りはないものというべきである。
第五、結論
以上の次第で、本件仮処分の被保全権利および必要性は、いずれもなお存続するものであるから、事情の変更を理由として本件仮処分の取消を求める会社の原申立および当審における新たな申立はいずれもその理由なく、原申立を排斥した原判決は相当である。
よつて原判決に対する本件控訴はこれを棄却し、当審における新たな申立は却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小野田常太郎 柴山利彦 宮本聖司)